あえる特集2024春「椿らんまん。いにしえの艶葉木に魅せられて」
一月の梅にはじまり、三月の桜がくるまでは、花の兆しを見つけるたびに「春よこい」「春がきた」と、嬉々して眺めたものでした。そのあとも、花桃、れんぎょう、黄梅と、花の便りが続く春ですが、次第に「春がゆく」という愁いも漂いはじめます。そんな愁いを払うように、晩春まで咲き続けるのが椿。霊園内でも、しずかな寒椿の開花にはじまり、仲春にもなれば、いよいよ真打の登場です。
椿5000年 花に葉に みなぎる椿の底力
日本人の心情の中に息づく花といえば桜に違いはないですが、その桜を打ち負かさんとばかりに、咲きだす花が椿です。「椿5000年」といわれるほど歴史ある花で、その魅力は、絢爛豪華な満開にとどまらず、まっすぐ落ちる終いの潔さ、その気高さにもあります。そして椿といえば、この花の葉についても語らずにはいられません。
古い時代、椿はあの厚みある葉を以ってして「厚葉木(あつばき)」と呼ばれていました。実にこれが「つばき」の語源になっています。またその艶やかな美しい葉には「艶葉木(つやばき)」という美称まで与えられました。これだけ耳にしても、いかに昔の人に愛着を抱かれた花木だったかが伺い知れます。
そんな美しい葉をもつ椿は、榊などと同じ「常緑樹」であることから、古代より神事や儀式に使われてきました。しかし椿に限っては、あの見事な咲きっぷり、もののけ祓うような花に漲る力こそ、依代(よりしろ)とされた所以といっても過言ではないでしょう。
源氏物語にも登場 春をいただく「椿餅」
そんな椿によせた先人の想いは「和菓子」にも託されました。「椿餅」という和菓子があります。椿餅は、餡を包んだ道明寺餅を2枚の椿の葉で挟んだもので、季節としては晩冬から早春にお目見えするお菓子です。
その歴史は古く、一説には日本最古の和菓子ともいわれます。『源氏物語』にも登場することで知られ、そのことからも平安時代には存在し、貴族に食されていたお菓子であることがわかります。紫式部も食べていたのかしら、なんて想像するだけで、平安貴族の生活が身近に感じられて、ひととき雅(みやび)な気分です。
和菓子には「その季節にだけ」作られる菓子と、名前や形や色合いで「季節を表現する」菓子にわけられますが、椿餅は前者といえます。「その季節にだけ」いただく菓子には、椿餅のほかにも、鶯餅、牡丹餅、桜餅、柏餅。葛切り、栗きんとん、柚餅子などがあります。このように、季節折々の自然や植物に触れることが出来るのも、和菓子の魅力のひとつです。
芭蕉も詠んだ旅の花 古代から現代へ
葉にそむく椿の花やよそ心 松尾芭蕉
「葉に対してよそを向いて咲く椿があるが、あれは何かよそ心でも抱いているからだろうか」という一句です。芭蕉の句には、四季折々の花が多く登場しますが、それは山道や雑木林を歩く旅の上で、芭蕉の目にとまる植物が、数多にあったからに外なりません。
日本には、今も美しい自然はありますが、かつてのような自然色豊かな雑木林は、随分少なくなりました。芭蕉の時代には、きっと心も踊るような景色が身近に多くあり、この椿も旅の途中の花だったのでしょう。芭蕉が目にしたのは何色だったのでしょうね。そう、霊園の中にも椿が咲くのをご存じですか。これを機に、故人に会いにいらしてくださいね。