あえる特集2024春-2「花が過ぎればつつじ。ようこそツツジ列島へ」
つい先日まで、冬を着たままだった花木も、梢を見ればちょんとした芽が現れ、「早いなあ」なんて眺めているうちに、気づけば春もたけなわ。早春の梅は椿へ、仲春の花桃から桜へ、そして花が過ぎれば躑躅(ツツジ)の季節です。
「ツツジ」の名前の由来には諸説あり、花が筒状になっているので「筒咲き」からきてるという説もあれば、次々に連なって咲くという意味の「つづき咲き」からきたという説もあります。また「躑躅」には「足踏み」するという意味があり、この花が思わず足を止めてしまうほど美しいことから「躑躅」という字を当てたとも言われます。
日本人にとって花といえば桜。けれどツツジには、桜よりも身近に感じる、親しみの良さがあります。花の盛りにもなれば、それはみごとな花曼陀羅の景色、北海道から九州まで列島にわたって咲く花と知れば、「つづき咲き」の意味にも、ひとつ深みを持たせたくなります。
躑躅といえば、幼少の頃、蝶にでもなった気になって、花の蜜をもとめて歩いた通学路を思い出します。田舎育ち、田舎好みの大人にとって、こうして古きを懐かしみ、今も身近に思える花があるというのは、何とも嬉しくありがたいことです。
「ツツジ」と混同される花に「サツキ」があります。「サツキ」は陰暦の五月、皐月の頃に咲く「皐月躑躅(サツキツツジ)」を 省略したものです。ツツジはたいへん品種が多い植物、花期も4月の春先から6月の初夏と長いので、ちょうど5月に見ごろを迎える花を見つけて、こんな名前を付けたのでしょう。ちなみに「杜鵑花」とも書きます。これはツツジが、杜鵑(ほととぎす)が鳴く頃に咲く花ということからつけられたそうです。
花の時期が長いほど「咲いてるな」くらいにしか思わず、ぼんやり見過ごしがちですが、昔の人の眼は、花の盛りばかりでなく兆しも名残りも見逃さず、ぴったりぴたんと名を付けて季節を感じ取っていたのですから、その季節感覚には頭が下がるばかりです。
花色に目を向けてみましょう。西洋ではツツジを「アザレア」といいます。アザレアは19世紀初頭に、ベルギーを中心としたヨーロッパで改良された常緑性ツツジの総称です。
「アザレア」と聞いて色名を想起する方もいらっしゃるでしょう。その色は、まさにツツジの花のような鮮やかな赤紫色。「アザレアピンク」というと、さらに鮮やかなピンク色になります。日本にも「躑躅色(つつじいろ)」という伝統色があります。こちらも鮮やかな紅色です。平安時代からある色で『枕草子』では冬につける下襲(したがさね)の色として登場します。
また文学の世界では、泉鏡花の『龍潭譚(りゅうたんだん)』に躑躅色が書かれています。「行ゆく方かたも躑躅なり。来こし方も躑躅なり。山土のいろもあかく見えたる、あまりうつくしさに恐しくなりて、…」とあるこの話は、躑躅色に染まった道で遊ぶ少年が神隠しにあう物語。ここでは躑躅の紅に染まった道が、恐ろしさと美しさを併せもった幻想的な風景として描かれています。夏の気配を知らせてきたかと思えば、突然のように日本の山野を彩り、幻想的な景色をつくる躑躅色。