秘すれば花
能楽で知られる世阿弥は『風姿花伝』や『花鏡』などの理論書を残しており、その中には花にまつわる言葉も多くあります。「秘すれば花」もそのひとつですが、これが目にするたびに誤解に映ることも多く、気になるところです。
「秘すれば花なり」と聞くと、「何でも表に出すより控えめな方が美しい」「秘密がある花には価値がある」と解釈しそうになります。つまり「沈黙は金」と同義になるのですが、実はそれはちょっと違うんですね。
能楽は、他の古典芸能ともちがい独特で、舞や仕草がなくても、ぐっと魅入ってしまう面白さがあります。それは演じる人が、面の奥で常に心を働かせているからであり、しかし、その内に秘めた心が観客に知られることはありません。
観客は、その内なる心を感じ取ろうとし、読み解く面白さを感じて見る。それこそが能楽における「花(価値)」であります。
つまり「秘すれば花なり」とは、秘することそのものが、芸に花(価値)を与える秘訣である、ということ。「日本人の”奥ゆかしさ”こそ花である」と捉えるのも美しいですが、本来は、
秘することによって、あなたの内に秘めた「花(価値)」は、思いがけずに新鮮な面白さや珍しさを、人に与えることができるんだよ。と言っている。
と、私は解釈しております。いかがでしょう。今日もいちりんあなたにどうぞ。
ツバキ 花言葉「誇り」