晩菊
11月になりました。霜月。文字の通り霜が降りる頃になったことを知らせる月です。自然界においても、こと植物の色には、寒さ冷たさに耐える潔さが増して、負けん気の強さが見てとれます。いよいよ秋も終わりです。
9月の重陽を過ぎた花を「十日の菊」なんていい、役に立たないものの喩にしてますが、この花ほど喜びにつけ悲しみにつけ、私たち日本人の生活に寄り添った花はなく、儀式ひとつをとっても、菊を欠いては適いません。
清浄とした白菊、鑑賞のための黄菊や赤菊もいいですが、私はこの晩秋にみる菊の、独特の野性味が好きです。路地咲きの菊、野路咲きの菊、うら枯れ色の晩菊には、儀式的な花姿のとは違って、難しいことを考えなくていいと教えてくれて、ありがたく思う。
「菊は重陽のために雨を冒して開くとあれば、露をふくみたる心にて生くるなり」
秋の菊は、そのたおやかな姿をいかして風情よく活けることが大切。といっています。ときには難しいことは忘れて、花を手にしてほしい。どう活けても、この花だったら許してくれると思います。手折ったあとに指に残る菊の香りも、季節を感じていいものです。この秋がまだあるうちに。今日もいちりんあなたにどうぞ。
菊 花言葉「高尚」